掛け軸 皆春 浮世絵美人画

掛け軸

友達に掛け軸を譲ってもらった。

風景よりも生き物が描かれている絵が好きだ。

着物からしても、荷物を持っていないことからしても、旅というよりはちょっとしたお出かけだろうか。

紅葉の枝を持っているところからすると、季節は晩秋か。

描かれてから200年近く経とうというのに、着物の青は鮮やかである。

花も色褪せていない。

手にしている棒は何だろうか。杖にしては短すぎるような気がする。

そのことが気になって、本棚から江戸時代に関する本を引っ張り出して手掛かりを探した。

江戸の旅文化」神崎宣武,岩波書店,2004には、「旅行用心集」を引用して「道中所持すべき品の事」が書かれているが、それらしきものはない。旅と散歩では違うのかもしれない。

しかし面白いのは「長い棒の先に洗濯物を引っ掛けて歩きながら乾かすことで、旅の荷物の軽量化を図っていた」という件である。

伊勢詣と江戸の旅」金森敦子,文藝春秋,2004の目次ページに広重の「東海道五十三次」の挿絵があり、二人連れの女性が杖をついている。長い棒の先が地面について体を支えているので、これは正しく「杖」だろう。

「太陽浮世絵シリーズ 広重」平凡社,1975を見ると、東海道五十三次「原」の女性が杖をついており、「戸塚」の女性は杖のようではあるけれども、少し短い棒を宙に浮かせている。

絵図に見る東海道中膝栗毛」旅の文化研究所,河出書房新社,2006では、弥次さん喜多さんが二川の宿を過ぎたところで三人の比丘尼が現れ、それが挿絵になっている。一人の比丘尼が棒を持っている。棒は細く長く、その先端は体の後方の地面に引きずるほどである。もしかしたらこの棒は、多少は杖の役目を果たしながらも、洗濯物を干す「物干し竿」が主な用途ではないだろうか。

とすると、掛け軸の女性が手にしている棒は杖ではなく、物干し竿でもなく、周囲のものを払ったりするものといったところか。もう一人の女性が手にしている紅葉の枝は、同様の目的もあって手折ったのか。

棒のことが気になったが、誰が描いたかの方が重要だろう。しかし、これだけでは判読できない。

添えられていた情報により「皆春」ということがわかった。

師事した伊川院栄信は、調べると出てくる。

1775~1828年、江戸時代後期の狩野派の絵師らしい。皆春が栄信に師事したとあるが、栄信が死んだ年、皆春は5歳くらいなので事実なのだろうかと疑ってしまう。一方で、栄信は11歳で絵の仕事を始めたようだから、江戸時代には5歳前でも絵を習っていたということはあるのかもしれない。

200年近く経過したにしては綺麗すぎる感じもするが、1本の掛け軸で丸半日楽しめたのだからよしとしたい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました