ここ数日、横になってボーヴォワール「別れの儀式」を読んでいる。サルトルの晩年が書かれていて、なぜか原川君のことを思い出していた。彼とは同じ大学で、彼は仏文科、私は英文科だった。下宿の隣の部屋に彼がいて、昼間から美味しそうに酒を飲み、ギターを弾き、文学を語っていた。バンドではドラムを叩いていてステージを見にいったことがある。
「別れの儀式」から彼を思い出したのは、サルトルとボーヴォワールの生活に「懐かしい自由」を感じ、それに自身の学生時代が重なったから。そこには彼がいた。彼は自由に生き、死んだ、と思っている。
梅雨明けの空を見上げていて、四国遍路に出ようと思った。この猛暑の中を歩きたい。そしてどこかで倒れて静かに人生を終える。そんなドラマチックなことを妄想した。
現実はそう簡単にはいかない。母の介護も時々あるし、日々孫の保育園、放課後児童クラブ、部活動の送迎がある。それらから解放されるのは、早くても6年後、70歳になってしまう。体力の減退を抑えるのは難しいけれど、野垂れ死にには適当な年齢かもしれない。
精神が下降を始めると、どんどん落ちていきたくなる。漫画家のつげ義春がそんなことを言っていて、確かにと思った。
「つげ義春が語る旅と隠遁」を読んで、行脚俳人・井上井月(いのうえせいげつ)を知った。天竜川・伊那谷を漂泊した俳人といえば聞こえはいいが、半ば乞食である。村の名士に食客として扱われることもあったようだが、シラミだらけで奥方などは閉口したという。「井月句集」を寝る前に読んでいる。

詩人・茨木のり子を知ったのは、若松英輔の新聞コラムからで、そこから乞食だった詩人・山之口獏に辿り着く。いずれもとってもわかりやすく共感できる。この2人の詩を読むと、生きることは詩であることが理解できる。さらに山之口獏を金銭的に支えることもあったという金子光晴へ。彼の人生は凄まじい。これこそ詩人、生々しい人間、と思うものの、詩は難しくてほとんど理解できなかった。

そういえば昔から旅には関心があった。江戸時代の旅、芭蕉の旅、伊勢参り・・・。

サラリーマン時代、時間を作っては鉄道の旅をしていた。あの頃の青春18きっぷは良かった。降り立ったことがない駅は、観光化されていないほど惹かれた。下車した駅に印をつけていた。

夏の空にジリジリ焼かれ歩いていた時の息苦しさが懐かしく思い出され、そこに身を置きたいと思った。汗びっしょりで飲んだビールの旨さ・・・まだまだ生きることに執着があるな。

四国の遍路道はスペインのサンティアゴ巡礼の道とは違いほとんどが車優先。幹線道路、中でも歩道がないトンネル内の大型トラックとのすれ違いには命の危険を感じるようである。本には交通事故に遭った人が何人か登場する。野垂れ死にどころか、交通事故の可能性の方がずっと高い。
寺を巡っても、その記録をご朱印帳に残すことには関心がない。
ただひたすら歩き、何が見え聴こえるか、何を思うのか、それを人生の終盤で確認し、一旦そこで締めくくりたい。待ち受けている空や海、様々な生き物との出会い、死への接近などを思い浮かべていると、日常的な細々としたこと全てが消失し、解放され自由になっていくことに気がついた。


コメント