我が家にある100年前④古書 8月19日

懐かしい時を求めて

「飲食物の話 外三篇」

昭和3年11月5日発行の「飲食物の話 外三篇」が書架にある。

父が生まれた年の発行だから、57歳で亡くなった父も生きていれば95歳になる。

「家庭科学体系」として発行された「非売品」となっている。

目次に「急性伝染病」「飲食物の化学」「女子水泳」「夫人四季の釣」「洋髪について」「洋髪の結い方」とある。

急性伝染病

「コレラについては我国で安政のコレラは有名であります。安政と云うとだいぶ昔の様でありますが今から70年ばかり前の事であります。その時東京だけで10万人以上の人が死亡しました。これは赤毛人が長崎から魔物を輸入し我国を滅ぼす目論見であるとまことしやかに信ぜられた」との出だしである。

「我国では年々5万人のチフス患者と1万人の死亡者があります」と続き、様々な伝染病の症状と予防法が書かれている。

「チフスによる人口10万人あたりの死者数(大正12年)」は、ロンドン・ベルリン0.9、ニューヨーク2.4、パリ6.7、東京が35.4で、京都はそれよりも多い64.6となっている。京都が東京よりも多かったのは何故だろう。

予防法各論の章を読むと、やはり「保菌者の便の病毒が何らかの機会に飲食物の中に混入して第三者に入り込み発病」とある。「汚物を作物の肥料に使ったり」「汚物が井戸に流れ込んで」といった感染経路が記されている。

飲食物の化学

「食物の成分と栄養」「食物の消化」と続き、「すべて栄養物は、水分が多い程腐敗し易いものであって、乾した肉及び果実の腐らぬのはその理由に基づくものであります。それで我々の食物でも自分の体に不必要な過分の水分を採ると云うのは利益がないのみならず、食べたものは腐敗し易くなる重大な原因でもあります」とある。

これ、今でも本当だろうか?

「酒と性の関係」では「酒類に対する抵抗力は男性女性何れが強いかと云う事は一寸面白い問題であって、誰でも男の方が抵抗力が強いと思います。然し事実は之と反対でありまして、最近独逸のアブデルハルデンという学者がモルモットに就て試験しました結果、男50匹、女50匹に30%のアルコールを毎日0.1乃至0.2ℓずつ皮下注射して、14日後、男は42匹、女は15匹酒類中毒にて斃れた。故に女性の方が慢性的酒類中毒に対して余程抵抗力が強いものであると述べている」と黒野勘六農学博士が書いている。

なるほどと思う。

女子水泳

「女子水泳に『競泳』が入ってきたのは最近の事で」「関東は関西に一歩先んじて大いに女性の為に万丈の気を吐き、大正11年に最初の公式なレースを行った」とある。

その時と昭和2年の記録の比較が種目ごと記されており、100mは1分58秒8から1分22秒2へと、36秒も早くなっている。もっとも、最初のレースではクロールで泳ぐことはなかったということである。

ちなみに現在の日本記録は2018年の池江璃花子の52秒79である。

夫人四季の釣

「今までの釣は、一家の主人として勝手すぎたかも知れませぬ。自身の趣味の為に、一家の慰楽を顧みないのみならず、家事や生業まで忘るるかとも見られたこともありましたろう」と、「それほど楽しいものならば、むしろ家庭に取り入れてみてはどうか」と提案している。

釣りの方法については「決して男性的な手荒いことのみではないのです」とし、「野外料理などが、釣としては最も入り易い趣味の一つになることを思わねばなりませぬ」と加えている。

今読んで「へぇ~」と思うのは、「また近年ますます魚が乏しくなったともいいますが」の下りだ。20年前に釣りをしていて「魚がどんどん少なくなっていく」と仲間と話をしていたが、実は100年前にもう「魚が少なくなった」と当時の人たちは感じていたのだ。

季節ごとどんな魚を釣り、そのためにどうしたらいいかが事細かに書かれ、調理方法もちゃんと載っている。親切な解説書だ。

洋髪について・洋髪の結い方

「洋髪の沿革」の冒頭に「私が大場理髪館婦人部を設けて、美容のことに携わりましたのは、明治41年3月初めのことで御座いました。未だその頃は、わが国の美容界もまことに心細い次第でございまして、理容館の安藤波津子女史が、フェーシャルマッサージを『美顔術』と命名して、化粧着付と共に開業して居らるるのみでございました」とある。

必要な用品、洗髪方法が書かれ、紙の結い方が図入りで解説されているが、その数に驚く。

日本髪を結う技術を持った人が時代の要請に応え、新たに洋髪の技術を身に着けていく。何でもそうだろうけれど、開拓する人というのは凄い。

実はこの本も親戚の叔父から頂いたもので、理髪師という商売柄、熱心に研究していたことが想像できる。

情報を得るための道具として、「本」の存在が今よりもずっと大きかった時代の話である。

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