依頼した絵が納品された。
依頼してから3年が経過していた。
前の、そのまた前の職場で一緒に働いていた人で、職場で偶然、彼女が描いたスケッチブックのデッサンを見て興奮した。
写実に描く技術に、専門教育を受けたであろうことが推測された。
私が退職する時に、私が写っている写真を1枚渡し、私の周りに海洋生物を描いて欲しいと、そんなお願いをした気がする。
それから3年間、全く連絡がなかったので、おそらく描く気持ちにならなかったのだろうとか、体調を崩しているのではないかと思ったりした。
だから突然、という感じで絵が私のスマホに送られてきた時は、その絵が私の注文どおりであるかと聞かれても、満足な返事はできなかった。
色の濃淡の変更とダイオウグソクムシの加筆などを追加注文しているうち、やっと何を描いて欲しかったのか思い出すことができた。
私の存在が半ばあの世に取り込まれようとしている、そんな絵が欲しかったのだ。
私自身、その頃そのような絵を描いていたことを思い出した。私が森の中で倒木に座り、ギターを弾いている。足は土に埋まり土に還ろうとしている。葡萄の蔦が蜘蛛の巣のように私を絡め取り、別の世界に取り込もうとしている。そんな絵だが、途中で投げ出してしまった。
そんなことを思い出し、私の背後にクラゲを描いてもらうことにした。クラゲの脚が私を絡め取り、深い世界に連れ去ろうとしている様子を、私よりも一段階薄い色で描いて欲しい。
今こうしてこの絵のことを記録に残そうとしているのは、この絵のことだけでなく、その頃から段々と深まってきた私の関心の対象をも記録しておきたいと思ったからである。
以前から宗教には興味があり、と言っても最初はキリスト教で、それが仏教へと広がり、最近は井筒俊彦のイスラーム教についての書物を読み、人間の存在、意識といったことについて考えるようになった。私の現在の理解では、それら宗教は深いところでは重なっており、深層心理学もまた然りと思っている。神が一つとすれば、その捉え方やそこに至る道は様々であっても、行き着く先、人間が還るところは同じだと思う。それらを理解するためには哲学が役に立ちそうだ。そんなことを日々考えなから、時間に追われながら書物にヒントを探し求めている。
こうして書いていると、書き始めには意識していなかたことまで言葉になってくるから不思議なものである。



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