演奏の失敗
娘の結婚式で新郎とアコスティックギターの共演をした。
ほぼ完璧に仕上がったと思ったが、極度の緊張とアルコールなどで頭の中が真っ白になり、演奏途中でどこを弾いているのかわからなくなってしまった。
演奏中断 再開
100人を前にこんなに恥ずかしい思いをするとは・・・。もう生きていけない、老人には挽回のチャンスはないと絶望した。
友達の救い
心を閉ざし悶々としていたところに、ちょっと懐かしい友達から電話が入った。
「今年こそは、一緒に演奏して歌おうじゃないか」との誘い。まだ全てが終わったわけじゃないと気を取り直し、声をかけてくれた友達に感謝した。
馴染みの楽器店の音楽教室にボイストレーニングがあるとの情報を得たのはその時だった。
流れてくる情報を遮断する
毎日のように嫌なニュースを耳にするようになった。世の中はどんどん悪い方向に向かっている。
そこで一旦、それらの情報源となりそうなものを、極力遮断してみることにした。
Yahooニュースを見ない。Facebook、Instagramを開かない。
テレビは元々ほとんど見ないが、義母はテレビなしでは生きていけないので、一緒に食事する時は我慢し、食事が終われば自室に移る。
一緒に食事をするのは夕食のみ。
情報のほとんどは、自ら得ようとしたものだけになり、余計なことを考えなくなった。
柴田まゆみ「白いページの中に」
そんな時、車を運転していて、ラジオから懐かしい曲が流れてきた。
「白いページの中に」 柴田まゆみさんの1978年の曲
高校生の時に聴いたこの曲に、なぜ今、大きな衝撃を受けたのか。
忘れていた、失いかけていた大切なものが一気に蘇ってきた。
音楽が身近にあり、毎日のように楽器を奏で歌っていた若い日々の熱が、再び炎となるのをじっと待っていたかのようだった。
そうだ。またギターを弾いて歌おう。
ボイストレーニングを受ける
若い頃でさえ声は出ていたわけではないけれど、何もしなければ老化によりどんどん悪くなる。
ボイストレーニングに通うことを迷っていると、妻が「風を感じたなら、それに乗りなさい」と言った。
収入がないのにこれ以上支出を増やしていいのだろうかと思ったが、無料で体験ができるというので思い切った。
先生は同年代の女性で、以前2回ほど会った優しい人だった。屈強な男性教師に、言われた通りできずプロレス技で締め上げられる恐れはなくなった。
30分の体験レッスン。この1回だけでも、自分が歌い方を知らなかったことがわかった。どうすればいいか示され、レッスン終了後もずっと練習していたら、なんと高音域が安定するようになったではないか。
もう嬉しくてたまらなくて、その日以来、毎日歌っている。
30分間ピアノで伴奏してもらい好きな歌を歌うのは、なんと贅沢なことか。原曲のキーで歌えなければ変調してくれる神様のような先生。
もう私はギターなど弾かずに、先生のピアノで歌を歌っていれば満足ではないかと思ったりもする。いやいや、合奏した方がもっと楽しいに違いない。
入会金と月謝を払って、正式に教室に通うことにした。
柴田まゆみさんに会いたい
頭の中に柴田まゆみさんの「白いページの中に」が何度も流れている。歌いたい。
1978年の映像を何十回もYouTubeで見ているうち、それとは別に、数年前に行ったライブ映像があることを知った。
公共施設の一室のようなところで、楽器はピアノとカホンという打楽器だけ。観客は映っていないけれど、せいぜい15人くらいだろうか。
柴田さんは「白いページの中に」1曲で引退してしまったようで、その理由は「人前で歌うのが苦手だから」と知った。苦手なのになぜヤマハのポピュラー・ミュージック・コンテストに出たのだろうかという疑問を抱くが、その時の映像を見ると、少しわかるような気もしてくる。
数年前の初ライブは、同級生の喫茶店マスターの長年の依頼により実現したようで、貴重な映像である。
若い頃のような声は出ていないが、まさしく柴田まゆみさんであって、この曲だけは他の人のカバーを聴く気がしない。(それを私が歌おうとするのは矛盾しているが、冒涜とならないよう練習したい)
歌い終わった後、元プロらしく観客に一礼する。そして、その直後に、若い頃のようには歌えなかったことを恥じるかのように、斜め横を向いて手で頭をポンと叩く。そこになんとも言えない人間の魅力を感じてますます好きになってしまった。
そのライブ会場は、兵庫県たつの市にあり、ハッとしてたつの市の友達に連絡を入れた。もし今後ライブがあるようだったら情報を欲しいと。
友達は、柴田さんにライブをお願いした喫茶店マスターをよく知っているとのことで、何だかそれだけで勝手に柴田さんとの距離が縮まった感じがして嬉しくなった。
引退して静かに暮らしている人だから、そっとしておいて欲しいのだろうと思う。せめてもの思いに、1992年のデモ音源集(CD)を聴くことにした。
情報源を絞り込み真空のようになった心に新たに入りこんできたのは、この上なく素敵なものだった。これまでずっと、必要のない大量の情報に振り回されていたことに、ふと気がついた。


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