オープンカーへの憧れ

自動車

若い頃からずっとオープンカーに憧れていたのは、アメリカ映画の影響だったのだろうか。

死ぬまでに自分の車として乗ることができたらいいと思っていた。

20代前半の頃、静岡の丸子あたりでオープンカーに乗った老夫婦とすれ違った。白髪を風になびかせ、いつかあんな風に…と思った。

とはいえ、そもそもオープンカーに限らず、車自体が高価であり、免許を持たない父が38年間、猛暑の日も台風の日も自転車で通勤して私を育ててくれたことを思うと、一定の金額になると「やはりやめよう」と何度も断念した。贅沢をしては父に申し訳ないと思った。

ボロボロの軽自動車に乗っていた時は、甥から「おじさん、恥ずかしくないのかな?」と言われたこともあった。(母から聞いた)

恥ずかしいどころか、そういう車こそが私に相応しいと思っていたが、運転席のドアが開かなくなった時は助手席から乗降せざるをえず、不便であった。

かわりにミニカーを買った。

子どものようにドアを開閉し、手で走行させ、乗っている姿を想像した。

今見ても美しいと思う。

ミニカーとは思えないくらい精巧にできている。

現実の車はもうすぐ車検が切れ、それを機に車を所有しないことに決めていた。

車を所有しなければ経済的に少し余裕ができるだろうし、庭も広く使える。

ところが、妻が待ったをかけた。

妻の車以外にもう一台、家にあった方がどれだけいいか、数々のメリットを妻が私に説いた。

私が「車はお金を貯め、5年くらい経ったら人生最後だとしてオープンカーを買えばいい」と言と、妻は「5年後のことなど誰にもわからない。乗りたい車があれば、元気な今乗るべきだ」と、一般的な妻像とはかけ離れた意見を述べる。

オープンカーの購入について娘婿に相談すると、国産車に限らず、様々な中古車情報が送られて来た。

水色のミニクーパーのガブリオレを見た時はハッとした。まさしく私が憧れていた車だったからだ。

しかしメカニ弱く経済的にも弱体化している私には、とても手が出るものではなかった。

結局、国産軽自動車のオープンカーとなった。

私は既に、祖父より3年、父より6年長く生きている。許してくれるだろうか。

家に引きこもりがちだった私が外に出るきっかけになりそうだが、目立たないようひっそり運転しようと思っている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました