9日間の介護

家族
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母の介護をている妹が気晴らしに旅行に出かけたため、その間、私が実家に泊まり込んで母の身の回りの世話をすることになった。

そして本日が9日目の最終日だ。

介護、身の回りの世話といっても、母(92歳)は歩行器を頼りにして家の中を移動できるし、トイレも自分で済ませることができる。

一番主な役割は、三度の食事の支度と、食事中誤嚥しないよう見守ることだ。

食事

食事の回数は、3食✖️9日で27食となる。毎日料理していると、自分が飽きてしまう。妻の料理を自宅に取りに行き食卓に並べることで、「飽き」を回避することがてきた。スーパーの惣菜をメニューに取り入れているが、近隣のスーパーだけでは、もうどこに何があるかわかっていて新鮮味に欠けるので、隣町のスーパーに足を延ばしたりもした。

自宅の庭の巨峰はやっと色づき始めたばかりなので、甘さ十分とは言えないが、喜んでもらうことができた。

妻が9種類の天ぷらを揚げたので、少し母に食べてもらう。フキは庭の草刈りをしていた時に採取したもので、私が煮た。

突然、県内遠方の娘が現れてびっくりした。読書中のことだった。母は曾孫に会えて喜んでいる。

娘が差し入れてくれたのが、桃の果肉入りゼリー。550円だったとか。美味しい。

暑い時は酢飯だな、と思って、海鮮丼にした。簡単で美味しいからこれは重宝だ!

冷蔵庫に長ネギと豆腐があったので、卵を落として「スキ焼き風」にしてみた。炊き込みご飯は妻が用意してくれた。漬物は自家製。

最終日の昼食。フルーツを添えるのを忘れない。

最後の晩餐は手毬寿司にした。母は一度に大量の食べ物を口の中に入れるので、通常の大きさの寿司では危険だと思い、小さく握ってみたが、それでも大きすぎたようだ。

入浴介助

日頃入浴介助をしている妹が留守になるため、入浴は福祉サービスを利用するのかと思ったら、母は他人の介助を嫌がり、私を指名した。

「大事なところは自分で洗ってくださいよ」と言ったら、「H(娘の名前)は洗ってくれた」と平然と答えた。仕方なく、スポンジを使って洗浄した。

この前、同級生で酒を飲んでいた時、1人が高校生の時に祖母の入浴介助をしていた、ヤングケアラーだったと打ち明け驚いた。

服薬管理

薬は朝昼晩と仕分けされたものをきちんと飲ませればいいだけなのに、なぜか余ってしまったものがあった。まぁ、大した問題ではないだろう。

ちょっと大変なのは、足の出来物に貼る薬で、出来物の大きさに合わせて薬のシートをハサミで切って貼ること。5ミリ四方の小さなシールを剥がし、15か所に貼る。

家事など

食器洗いも洗濯もゴミ捨ても、日頃家でやっていることなので、これらはどうと言うことはない。量も2人分だけなので楽なもの。

しかし、頼まれていた庭の草刈り、樹木の剪定は2日がかりだった。猛暑の日中、死ぬのではないかと思った。

時間潰し

実家には私の本が大量にある。1000冊だろうか、2000冊だろうか・・・よくわからない。

自宅に運ぶ本、捨てる本を選び出した。150冊ほど捨てただろうか。

自宅に持ち帰っては、表紙を拭いて干すことを繰り返した。学生時代、よく本を買った。理解できなくても買って読み続けた。

詩は、今でもよく理解していないが。まだ人生終わったわけじゃない、これからのために半世紀近く前に買っておいたのだと強がってみる。

大学は文学部英文学科だったので、翻訳書が沢山ある。確かウイリアム・ゴールディングはノーベル文学賞作家で、原書が授業のテキストとして使われていたが、難解な文章、文法で歯が立たなかったのを覚えている。一方で、ウォーカー・パーシーなど初めて耳にする作家の小説などを本屋で見つけては嬉々とし、アメリカの自由な空気に浸っていた。

エドガー・ケイシーは、医学を学んだわけでもないのに霊のようなものが乗り移ってトランス状態になり、多くの患者に医術を施し救った人だ。患者は貧しい人たちが多かったから、金銭的な見返りはなかったし、そもそも自身が行った行為ではないという認識のため、金銭を求めなかったという。当然疑う人もいたわけで、医師が臨床現場を確認するようなことも起きている。それにより専門家による臨床記録が残ることになった。彼は最後まで質素な生活をしていたが、死後に財団が形成されたと記憶している。

人見安雄さんは国際指名手配第1号の犯罪者である。画家である。奥さんも本を出していて、そろって読むのが面白い。こういう逃亡を描いたものに惹かれてしまう。松山ホステス殺人事件の容疑者として15年逃亡し、時効直前に逮捕された福田和子の本が見つからない。借りて読んだのか・・・買っておけばよかったと思う。写真にはないが、「正伝 阿部定」は、阿部定という人間の凄さ、魅力が冷静に描かれている。

大好きなサマセット・モームの本を並べてみた。

戯曲も翻訳物が多い。センダックの絵を、今一度じっくりと見つめてみたい。ポール・ギャリコ、レイ・ブラッドベリは今でも魅力を感じるだろうか。

昭和46(1971)年発行の「ウメ星デンカ」を発見。懐かしい。

これも自宅に運んでおこう。

本棚の古いアルバムに、幼い私の写真が貼ってあった。母と祖母と、祖母に抱かれているのは妹だろうか。

こんな時があったんだ。

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食卓で母と一緒に庭を眺めていると、柿の木の木陰にナミアゲハが舞っているのを目にする。蜜柑や金柑の木があり、メスが卵を産みつけている。一昨日はセスジスズメが葉に止まっていたので写真を撮った。今日はアオスジアゲハが姿を現したので急いでカメラのレンズを向けたが、動きが素早くて捉えられなかった。網戸のクマゼミは鳴かずに静かにしている。

10年後、20年後、30年後・・・私に残された時間がどれだけあるかわからないが、今、母が座っている椅子で庭を眺めている老いた自身の姿が目に浮かんだ。

ここに戻ってくるのも悪くないなと、ふと思った。

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