星野道夫の「旅をする木」を紹介されて読んだのが最初だった。
体が震え涙が込み上げてくる箇所がいくつもあり、3冊を読み、もう3冊が目の前にある。
私の場合は写真から入ったのではなく、彼の言葉、人から入った。
ゆっくりゆっくり慈しむようにページをめくる。
愛する人に伝えたい言葉だらけ。付箋を貼る。
「旅をする木」にこんな話があった。
「いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。たとえば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろう。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるかって?」
「写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いて見せるか、いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな」と星野道夫が応える。
「その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって…その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって」
変わらなくてはいけない。変わりたいと思うようになり何年も経った。今、星野道夫に出逢えたのは、これが最後のチャンスだと、何かに導かれているような気がする。
彼のたくさんの「魔法のことば」は、本をもって伝えるだけでなく、私が変わっていくことで伝わるものだと思った。
「情報が少なければ、その分想像力を働かせることになる」といったことがどこかに書かれていた。情報に翻弄され、自分以外を思いやる想像力の居場所が小さくなったように思う。
ふと周りを見れば、あれこれ所有しすぎ、物に心を支配されているような状況にさえ陥っている。
まずはスマートウォッチを外し、車を手放すことにした。不要なものはまだまだ身の回りにある。
仕事でさえ、それは生活を支える貴重な収入源でありながら、自分がほんとうにやりたいと思っていることとは大きくかけ離れているように感じてきている。
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